美味しく喰らう

天才とは様々なものを「美味しく喰らう」存在

悪の断罪

 五本の短編。四本の夢と一篇の悪態。
 私はこれらの主題には断罪されるべき悪が含まれていると考える。そこで、ここに断罪のために開示する。
 
 
 
 「無理をする必要は無いよ。」
そのように彼女は僕に囁く。
 僕は彼女の手を取ると、当然のように彼女も応じた。何の変哲もない通学路。電線の奥に青い空が広がる。僕らを追い抜く同級生達。なんというか、その景色は懐かしさを感じさせるものだった。
 「つまり、やりたいことをやればよい。そういうこと?」
僕は彼女にそう聞き返した。
「うーんとね……、それは違うかな。」
 彼女はそういうと手を解いて、小走りに駆けると先に信号を渡ってしまった。信号の向こうで友達と話しながら、あれは待っていてくれているのだろうか?
 押しボタン式信号。黄色の顔の赤い鼻を押して待つ。車が全然やってこないうちに信号が変わる。彼女とその友人達は信号が変わると同時に先へ進んでしまった。走って追いかけるのも憚られた僕は少し後ろを一人で歩く。僕は彼女が違うと言ったことがあまり腑に落ちていなかった。やりたいことをやるのでないならばどういうことなのだろうか?
 彼女はいつの間にか友達と別れたらしい。こちらに駆け寄ってくる。彼女が手を差し伸べる。僕はそれに応じると、また二人は一緒に歩く。今度はさっきよりももっと身体を近づけて。
「さっきのはどういうこと?」
僕の質問に彼女は
「えー」とだけ言うと地面に目を落とす。僕もつられて下を見る。路には都道府県の形をしたタイルが並べられていた。彼女は覚え歌を口ずさみながら、タイルを踏んでいく。僕は彼女と一緒に駆けていく、少し後ろを。どこへ行くのかも分からないままに。
 
 
 
 親の古いアルバムの整理を手伝っていたら、エコー写真が出てきた。そこには確かに二人の赤ちゃんが写っていた。私は一人っ子なはずなのに。母に聞いてみると、一人は死産だったのだと聞いた。性別は女の子だったらしい。僕は驚いたが、同時に少し納得した。なるほど、自分の中にあるもう一つの人格、女性性のあの人格は彼女なのか、と。
 
 
 
 「閣下、ですから第九陸海統合師団の設立を米政府に認めさせなくてはならないのです。日本海に大陸攻撃能力を持つ自国軍を有さないことは本国の国防上重大な脅威となるでしょう。」
 閣下は首を縦に振らない。
 見晴らしの良い高層ビルのベランダ。そこに座す我らが閣下は強力な攻撃能力を有する新部隊を認めてくれない。
 地平線の向こうには富士山がそびえ立つ。青い空の下に我らが領土が広がる。この国を守るためには、強力な新部隊が必要なのだ。
 キッチンでは鍋が沸騰している。中に入っているペットボトルがブクブクとあぶく。
 「どうかご決断を。」
閣下はようやく肯定的な発言をする。
「よく協議してみよう。」
 ペットボトルが弾け飛んだ。
 
 
 
 くたびれたスーツにはやけ酒が良く似合う。金曜日だ。明日は休みなのだから少しくらいハメを外したって構わない。
 自由! あぁこのクソッタレめ。今日はお前に乾杯してやろう。
 このハイボールはレモンが効いて本当に美味しいのだ。狂気。そう、あの自由など狂気以外の何ものでもないのだ。自由! 今、俺がこうしてやけ酒を浴びるのは俺の自由だというのだ。冗談じゃない。別にこの酒は俺が呑みたくて呑んでいる訳じゃない。馬鹿で無能なアイツの尻拭いをさせられたというその現象こそが、俺に酒を呑ませているのだ。
 無責任な啓蒙思想家共め! そしてナポレオン! 彼の名を冠した多少高い酒を彼を罵倒しながら呑む。これほど痛快なこともない。なによりも俺にとって最も幸いなことはその酒に金を払える程度には有能だということだ。だが忌々しいのは、俺が手にしたこの有能さは自由になるためのものであって、無能の尻拭いをするためのものでは無いということだ。
 俺は今、俺に自由をエサにケツをひっぱたいてきたこの社会に対する怨みによって酒を呑むのだ。断じて自由によってなどではないのだ。なんなれば、そこら辺の無能共の方がよっぽど自由な日々を過ごしているじゃないか。俺の自由は何十年後に天から降って来るんだ?
 自由! あぁこのクソッタレめ。今日はお前に乾杯してやろう。
 
 
 
 私たちは失業した。リストラを宣告された。
何故か我が社のエントランスにはハローワークがあり、私たちはそこに行かされた。
 同僚の一人がハローワークの意義を語っている。しかし、彼女は生き残りだ。彼女はリストラされてない。それでも私たちは仕事を探さなくては生きていけない。
 同じくリストラされた仲間が言う。
だから社会保障基本的人権の範疇外だ。と。
 やがて私はハローワークで紹介された場所へ向かった。
 そこは閑散としたところでしかし、神聖な所のようだった。木枯らしが吹き、木の葉が舞う。風に飛ばされる木の葉の動きを目で追うと、一人の巫女のような女性と、馬と鳥とを掛け合わせたような姿で鮮やかな毛に包まれた不思議な生き物がいた。
 巫女のような女性が私の名前を呼んだ。私が返事をすると
 お待ちしておりました。と言う。
不思議な生き物でしょう?でも人を襲うことはないので安心してください。
 私が巫女たちを不思議そうに見ていたからだろうか……? 彼女は不思議な生き物の話をしてきた。
 しかし、私はその生き物なんかよりも巫女の顔に驚いていた。その顔は私が今まで好きになった人の誰にも見えたし、それ以上に美しく見えた。
 私は彼女の名前を聞こうと試みたが、彼女の声は木枯らしの音に掻き消された。
 彼女たちは私を奥の方に案内すると言う。
 馬と鳥とを掛け合わせたような生き物の歩き方は本当に不思議であった。ダイナミックな動きにも関わらず、一切物音を立てない。
 途中、手水舎のようなところがあって、そこで私は身体を清めるようにと言われた。
 冬空の下で、水が体を冷やす。穢れが祓われるとはこういうことだろうか……。そしてさらに歩くこと長く、ついに目的地に着いたと言われた。
 そして刹那、私の意識が消える。暗闇の中、私は彼女の名前を聞こうとした。
 そして、私はもとの会社の高層階で髪を溶かされていた。素晴らしいスーツに身を包んだ私は自分がどうしてここにいて、このような待遇を受けているのか分からない。
 私がその部屋から出て、階下に降りると、そこは吹き抜けで、リストラされなかったあの同僚がいた。彼女は後ろのみすぼらしい社員達にハローワークの意義を語っている。ふと、彼女と目が合った。
彼女は私を見ると深々とお辞儀をした。後ろの人達からは刺すような目で見られる。
 ますます不思議であった。同じくリストラされたはずの同僚もきっちりとスーツを身につけていて、私と共にどこかへ向かうようだった。
 彼は言った。
だから社会保障基本的人権の範疇外だって。と。
 私はどこへ向かうか知らないがどこかへ向かうようだった。そしてエントランスを出る時、どこかで見たような人を見た。
 同僚がどうした。と聞く。
 私は何でもないと言って会社を去った。
 いったいあの巫女は何者なのだろう、そしてあそこには何があったのだろうと思いながら。