美味しく喰らう

天才とは様々なものを「美味しく喰らう」存在

炎上商法

 空をウミガメが泳ぐ。テトリスが雨のよう。しかしその落ちる速度は遅い。紫の煙がプカプカと浮いて雲になる。空は茜色に染まっていた。夕方。幻想的な夕方。
 街にネオンが灯り始める。僕は銀色のスーツを着て、バイクを飛ばす。繁華街は怖いところだ。いつ爆発するか分からない。街外れで姉貴と会う約束をしていた。あまりにも遅れたら、また蹴りを入れられることだろう。赤信号が恨めしい。ウミガメが飛行船の周りを挑発的に泳いでいる。飛行船は木曜日に本が売られると喧伝していた。
 信号が青色に変わる。僕はバイクを飛び出させる。誰よりも早く。鉄道線の下をくぐり抜ける。ちょうどやってきた電車の轟音はバイクのエンジン音と混ざりあって文明の二重奏を響かせる。
 線路の先はもう街外れであった。ファミレスチェーン店の前で腕組みをしながら空を睨む女性がいた。黒いスーツに身を包む彼女こそ、僕の姉貴であった。彼女の向ける視線が空から僕に移った。
「思ったより早かったわね」
その声に暴力を振るえなかったことを残念がるニュアンスを感じ取るのは穿ちすぎだろうか?
「また蹴られたんじゃ敵わないからね」
彼女は憤慨する。
「またってなによ、またって」
僕らは笑い合う。ヘルメットを姉貴に投げつける。
「乗るでしょ?」
姉貴はヘルメットを頭に乗せながら
「当たり前でしょ。早く行くわよ。出しなさい」
姉貴が背中をぶっ叩く。僕は馬だろうか?
「へいへい、女王様」
背中にもう一発衝撃。エンジンが唸りを上げた。
 空が東の方から青くなる。バイクは軽快に道を駆る。ウミガメもおやすみなさい。星の瞬きの向こう側へ。
 姉貴は夜になると気化するのだ。背中から重さが無くなった時ようやくバイクを止められる。北へ。
 どれくらい走っただろうか? 北極星が見え始める頃には、エンジンが冷えきっていた。道行く車の往来は騒音とともに、オレンジ色に照らされた国道でキラキラと光る。
 遠くで爆発音が響き渡る。地面が揺れる。空気が震えた。遠く南の繁華街が燃えていた。空が赤く染まる。ウミガメの唸り声が天に轟いて、飛行船が炎に突っ込む。飛行船の最後の悲鳴は、絶対買ってね! であった。あれこそ、本当の炎上商法。
 僕は再びバイクに跨る。今度はどこへ向かおうか。そういえば今日は水曜日だった。姉貴の本が明日発売される。あと一晩。本屋は無事であってくれ。南の空に願い事。
 対向車線の渋滞が終わる頃には、新しい広告飛行船が浮いていた。